[田舎暮らしの応援]
そのムカシむか~し、自給自足(地消地産)が原則で狭い(?)地域で庶民は暮らしていた「上方へのぼる」とかお伊勢参り(自分の宗派の本山へ)なども含めて・・・誰でも「気安く」よそへ行けなかった。昭和50年代ころからでぃすかばーじゃぱんなどという物見遊山(?)が、やっと遊びで旅行ができるような経済状況になったのだと思われるけれど、みなさまはいかが?(笑)
「天草五橋」とか「平戸大橋」やらオオサカ万博などなど、バス旅行・・・さなぼりツアー? 農繁期明けのお楽しみで親たちが行っていたっけ・・・それを子どもとしてうらやましく見ていた記憶もあるけれど。
旅行というより「用事がある」から、出かけるのが一般的な旅だと思う鉄道やフェリー、飛行機なんかを利用しているとありがたく・・・行き届いた(ふだんはお世話になることはないけれども)支援・サービスをしてくれているものだと感心することは多い。ま、めーーーったに出かけない「田舎のネズミ」状態ですけろね。
広いおうちを修復しているのだけれど、土間の部分にカマドやお風呂、物置き(倉庫)部分もありぜいたくな(?)空間が・・・・「もの」を片づけた状態で。
田舎は「置いておける(詰め込んで、捨てずにある)」から、うん十年前の「もの」が残されて使われないままにあるのだった。「いつか、使うかもしれん」からねぇ。
見えない部分の壁は赤土下地のまま・・・というおうちは多かったと思う。明り取りの窓も、使われなくなったらとりあえずトタンで「打ちつけて」開かないようにされていて・・・そこそこの部分に「手を入れて」あるのがよくわかるので、ご紹介しておきたいと思います。
懐かしい感じでしょ?(笑)
こないだまでお彼岸明け(お中日・春分の日秋分の日・祝日をはさんでの一週間)には「大めぐり」といって地元校区のお堂を回る、真言宗(?)系の和尚さんとお年寄りや小さい子たちが二日かけてお参りしてあり、それをお堂があるおうちや地域の人たちはお接待するのです。四国の八十八か所・お遍路さんのようなものではなかったでしょうか? ヨメに来て不肖kominka(ツマ)もそのお手伝いに(お茶出しとか、ほうれん草を茹でたのを「一皿ずつ」おはしをつけて出したりとか。そういえば「今」おいしい時期ですよね? )なんかわからんまま(笑)行っていました。
お伊勢さんや四国巡りまでは行けなかった庶民の、信仰の知恵なんではないかと拝察する(独断と偏見ですが)のであります。
今は、「屋内に」システムバスを施工されてある・・・・
そんな彼岸明けのいい気候の朝です、ではどちらさまにとりましても、よい一日でありますように~~~♬