古民家の記

いつも(!)「古民家改造工事」をしたい・・・誰かさんの代筆で(笑)ミーハーブログをしているkominka(ツマ)でございます。

 棟上げで一日、現場にいました(現場監督?とかほめてくれた人もあるけれど・・・いえ、お茶出し、お弁当配り要員なり)プレカットでなく「切り込み」できるベテランの大工さんが3人ついてくれてそれにお手伝い(テゴ)の人と、クレーンの方と交通整理要員?お掃除・片づけなんでもしてくれる人と。誰かさんは別の現場が「追い込み」なので出たり入ったり・・・あわただしい。





柱だけなので「仮・筋交い」を。水平を計りつつ・・・みんなでかかっています。



 HPに「手刻み(切り込み)」ならではの写真を・・・撮ってアップしようと試みておりますがこれがなかなかむずかしい・・・夕方とか早朝でないとそして外壁が張られない前に・・・じゃないと「見えんもん(方言。見えない)」ねぇ。





 いつのまにか線路のわきにつくしが生えていましたけれど昨今はフェンスの中に入り込んでまで、つくし(春の野草)とる人はないようです。数年前のこんな穏やかな春の日に駄猫まるがあの世へ旅立ったのだ・・・ふっとあいまに思い出したりしている朝です。もう半世紀くらい前に仏様(仏壇)の前で哀しくて泣いていたときに祖母が話しを聞いてくれて(笑)・・・お寺の幼稚園に通ってたのでそんな花祭り(お釈迦様の生まれた日)やら極楽浄土やら地獄図絵の話も幼いなりに聞いていたのだろう「み〜んな死んでしまって、一人になったらどうしよう」(笑)という不安、人間の孤独みたいなものを感じてたんでしょ、あなどれんばい小さくても(孫守りの方、心して・・・)

 それから4〜5年で祖母は思いがけなくあっというまに亡くなったのだけれどもその祖母の、慰めの言葉は(記憶はあまりないけれど)「みんないっぺんにはいなくならない。あなたがだんだん大きくなって・・・まだずーーっと先のことだよ」というふうな話でそれなりに妙に腑に落ちて「納得した」のだと思うそれからコワくはなくなったみたいでケロッと、忘れたように走り回っていたのよネ(笑)
 わりと日本人(庶民)は「順番」とか「しおどき」とか・・・自然死を受け入れやすい土壌があるように思う(センソウ・災害などの非常事態での死ではなく)思想?というか土着宗教?というか・・・みなさまはいかがですか? 
 本日、そんな思い出にひたっているヒマはないのでこれにて(あ。お昼のポテトサラダ・・・じゃがいもを茹でてたのをこがしそうになっていた〜〜)



 ここ数日わりと穏やかなお天気が続きそうですから、いい春の日をおすごしくださいませ。